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このごろ感じたこと

平成27年5月31日
法律職(弁護士)または隣接法律職(いわゆる士業・司法書士・社会保険労務士・弁理士・土地家屋調査士・行政書士等)は、現在多くの会でADR(裁判外紛争解決手続・民間調停)センターを設置している。
土地家屋調査士会に於いては、全国50会の全てにADRセンターが置かれそのうち20会がADR法に基づく法務大臣認証機関であり他は土地家屋調査士法に基づく法務大指定機関となっている。指定機関は法務省民事局が監督部署であり認証機関は法制局が監督部署である。
入江秀晃氏(九州大学法学部准教授)によれば士業ADRは「泊まり客がくると驚くホテル」と述べられているように、特に土地家屋調査士会ADRに於いては「箱物レース」に終始しているように思われる。本来は法務局が実施している筆界特定制度と連携すべき位置づけで有るにも関わらずまるで本来の職責を放棄(投げ出している以前に関心がない)しているように感じられる。
先日、土地家屋調査士会の総会があり日本土地家屋調査士会連合会の祝辞はじめ当会会長・副会長の挨拶の中にADRが一言も語られなかったのはADRを実践している者として非常に残念であった。一方、静岡地方法務局長は、祝辞の中で筆界特定制度とともにADRセンターについて言及して下さり誠に有り難く感じた次第です。
現在、同じ時期に数件の調停案件があり入江先生が述べられた「泊まり客がくると驚くホテル。」を今更ながら実感しています。
正社員(公務員)が担当している筆界特定(制度)に対して、日雇い臨時社員が担当している土地家屋調査士会ADR(制度)は入江先生が述べておられる「ホテル」としても筆界特定と比較して常駐という面で相当のハンディーがあります。
以前、筆界特定担当者に「ADRは、相談にお金を取るそうだがうちは無料だから。」といった趣旨のことを言われました。
ただ現在は、お金を払ってADRに相談に来る方が増加しています。また、筆界特定を申し立てしたが取り下げて、改めてADRに申し立てを行い紛争当事者が同席において話し合うと言った傾向もみられます。更に国を始め地方自治体がADRを利用すると言った動きが顕著になっています。 
「法治国家」という言葉は、実は統治する側の言葉であることが次第に市民に理解されつつ有るように感じます。
ADRすなわち裁判外(司法外)紛争解決手続きとは、市民にとって私的自治の実現の場でであり事情を述べる機会であり、当事者自身が紛争を解決しうるステージなのだと考えます。

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平成26年10月25日
土地家屋調査士会ADR(土地の境界が現地において不明なことによる民事に関する紛争についての相談・調停)において相談業務などの報告書からかいま見えてくるうっすらとした影のような悩みはいったいどのようなものであろうか。
厚生労働省による「平成24年労働者健康状況調査の概要」によれば「強い不安・悩み・ストレスの原因」の第1位は「職場の人間関係」であるとおよそ4割の人が答えているという。ということは、およそ4割の人が強いストレッサーに日々さらされ続けているということになる。
土地の境界問題の場合その性質上多くの状況が相隣関係に集約されることが多い。このことは厚生労働省の調査の概要とかなりの部分相似しているのではないかと考える。
断定はできないが、地域社会を職場環境と捉えればおよそ4割の住民が「地域の人間関係」に強いストレスを感じていたとしても驚くにあたらないのではないかと推察できる。相談業務において境界問題を重く受け止め問題化している世代は定年退職者が圧倒的に多いように感じる。職場における人間関係を原因とする強いストレッサーが消えた状況だからこそ新たなストレス要因を境界問題に求めているように思えるときもしばしば感じられる。相談者にとって強いストレス要因を取り除くことだけ(問題焦点型コーピング(処理))がその方の人生にとって良いのか考えさせられる日々である。

白黒雑感

平成26年8月28日
土地の境界紛争の関して「白黒つけること」すなわち訴訟を紛争解決の手段として選択することに異論を述べているつもりは全くありません。
最近では紛争当事者にとって「白黒」は付かないのかも知れませんが「筆界」については法務局筆界特定登記官が主宰する「筆界特定制度」があり、さらに所有権界あるいはそれに付随する民事に関する紛争においては土地家屋調査士会(弁護士会協動)のADR(民間調停)もあるわけです。つまり、最近では紛争当事者にとって様々な選択肢が提供されるようになったということです。従って問題解決を短絡的に「訴訟」に委ねる時代は徐々にではあるが確実に変化しつつあると考えることができると思います。
ADRは「法律の世界」ではなく「人間の世界(ADR)」での解決(和解)を目指すため、裁判と対極にあるわけですが決して「法の世界」から逸脱しているのではなく「法律の世界(裁判)」・「人間の世界(ADR)」ともに改めて述べるまでもなく「法の世界」にあるわけです。その点は誤解のないようご理解願いたいと思います。

人間空間

平成26年8月27日
「白黒つけることに依る正義の実現」を期待する紛争当事者はあくまでも裁判における法律に基づく判断を求めているのであり、その判断は「判事」によって法律に基づく評価が下されたものであり紛争当事者の生の事情によって左右されるものでは決してあり得ない。なぜならば、もし「判事」による恣意的な判断が下されるとしたらすでに法律に基づいていないことになるのだから。そもそも、法律がヒューマニズムとか正義とか事情とかを斟酌してくれると受け身的に考え期待すること自体が的外れの思考である可能性が高い。法律家は哲学者でもなければ倫理学者でもなく言うまでもなくまさに法律家なのだ。よって、裁判所と言う空間もまさに法律空間であって当然なのだ。
ADRの目指す空間とは少なくとも紛争当事者の事情に耳を傾ける人間空間そのものであることを真剣に目指すべきであると思う。

地域の違い?

平成26年8月26日
静岡会ADRセンターは平成19年(2007年)開設以来今年4月で7年が経過したが未だ周知されている状況には無い。それ以前に会員にすら理解されているとは言い難い現状である。もっともADR(裁判外紛争解決手続・民間調停)制度は今まで我が国に無かった制度であるからそう簡単に根付くとも考えにくい。また紛争解決と言うと当事者自身が「白黒の決着に依る正義の実現」といった思考傾向である場合が多い。いわゆる「交渉・話し合い」といった自主交渉を敬遠する傾向にあるように感じられる。よく関西の方々はお店で買い物をするとき「値段交渉」をすると聞いている。その行動傾向からすると私が紛争当事者に感じていることは関東文化圏の特徴なのかも知れない。お店の値札どおりの値段で買い物するのがお作法だと考えて生活してきた紛争当事者に「自主交渉」を促すことを支援(アシスト・サポート)することは相当難問である可能性が高い。
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宮澤正規

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