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事実と争い

平成22年3月4日(木)
争いの対象はふつう「物」、あるいは「事象」だといわれている。モロッコとアルジェリアとで争っている西サハラの領有権問題は「物」についての争いだろうし、インドとパキスタンの核保有(製造)問題は「事象」の争いに分類されるのであろう。
例えば西サハラの問題を解決するには西サハラについての事実を調べる必要があると考えがちである。しかしどんなに西サハラの地理や歴史を詳細に調べたとしても決して問題解決に至ることはない。なぜだろうか。争いは客観的事実にあるのではなく当事者の頭の中にあるのです。客観的事実の調査は確かに有益ではあるが、それは問題の原因である。したがって問題解決の道を開くものは各当事者の現実にあるのです。(参考文献:ハーバード流交渉術 TBSブリタニカ P47)
じつは以上のことはたいへんたいせつなことが語られていると思います。よく「土地家屋調査士調停員に図面を見せるな」とADR研修の講師の先生から言われます。土地家屋調査士は図面を見るとそこに載せられている情報を読み解きさらにジャッジしてしまう習性があるのです。すなわち客観的事実をもって争いを解決させようとする傾向が強いのです。
「争いは客観的事実にあるのではなく当事者の頭の中にあるのです。」頭の中にある争いの解決なくして真の意味の解決はないと思います。

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「人」と「問題」の切り離し

平成22年3月3日(水)
話し合いにおいて「人」と「問題」を切り離すことはかなり難しいと思う。当然のことだが話し合いは人によってなされる。一方「問題」は人によって引き起こされた事実である。
単純な会話の中でAがBに発した「汚い部屋だね。」という言葉は事実を述べてとしてもその部屋がBの部屋で言われたときと、その場にいないCの部屋で言われた時とでは一般にBの受け取り方は異なる場合が多いと思う。また、AとBの人間関係によっても異なってくると考えることができる。声の調子、言葉の発し方によっても当然受け取り方は異なると思う。
事実としての「汚い部屋」発言からAとBの間に「もめごと」が生じる場合が考えられる。Bが①「私が部屋の掃除をしないことをAは非難しているのだ」と感じたときとか②「私がこんな汚い部屋しか借りられなくて住んでいることをAは馬鹿にしているのだ」などと感じAの言葉を受け止めた場合である。
①の場合、BがAに対して「私の部屋を掃除するしないをあなたに非難される覚えはない!」と怒り出した場合、事実を述べただけのAの対応次第では「もめごと」に発展する可能性がある。②の場合も同様の可能性がある。
BがAに対して言葉に出した場合と、心の中で思った場合とでは結果は異なると思う。言葉に出した場合は、AはBの誤解を解くチャンスがあるが、Bが心の中にしまってAに対して悪い印象を持ち続けた場合は表面には出ないがかなり厄介なことになる。
問題解決の第一歩は「人」と「問題」を切り離すことだといわれているが、当事者同士で解決することの難しさを感ずる。
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Author:宮澤正規

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